【知覧特攻平和会館-命の大切さ-】子供の頃から死ぬまでに絶対行きたかった念願の場所。

2017年8月の旅。

Japan🇯🇵Kagoshima🌋
(日本、鹿児島)

▶︎子供の頃からの念願

日本は世界の中でも唯一、原爆を落とされた経験を持つ国。

これは子供の頃から歴史を学ぶ上で、教科書にももちろん載ってて教えられるし、夏休み時期になれば特番とかで戦争のドラマや、有名なジブリの火垂るの墓のアニメの再放送とかやるから、戦後からだいぶ月日が経つとは言え、誰もが知ってると思う。

小学校の低学年の時から、違う記事にも書いた事あるんやけど、ウチが変とか変わってるって周りから言われてきた理由の1つとして、物心がつく頃から気付けば戦争の歴史、虐殺の歴史、独裁政権や差別の歴史とか、日本だけじゃなくて世界規模で興味があって、自らそうゆう教材や資料のものを未だに買うくらい、元々ずっと惹きつけられる。

低学年の時に本屋さんに連れてってもらった時、好きな本買っていいってそれぞれ兄弟が言われた中、ウチが選んだのは広島の原爆被害にあった当時の写真を集めた写真集を買ってもらったのは今も覚えてるし、今も大事に持ってる。

全身焼け焦げていて蛆が湧いた遺体の写真や、原型留めてない遺体の写真。背中に兄弟の赤ちゃんが死んでる事にも気付かん幼い子が、背負ったまんま焼ける町を眺めてる写真とか、当時の悲惨さが伝わる本。

言葉にするとホンマに語弊があって、語彙力がないからうまく説明出来ひんねんけど、犠牲になった人達がいてたからこその今の平和があって、生きるか死ぬかなんて状況を経験する事なく、当たり前のように生きれてると個人的な意見で言えば思ってて。

長崎は行けてないけど、広島の原爆ドームも沖縄のひめゆりの塔も、自分が行きたくて進んで行って、今回初めて行く念願の鹿児島の旅。

▶︎知覧特攻平和会館

旅のメインでやっと来れた、死ぬまでに絶対ウチが来たかった場所の1つ。

知覧特攻平和会館▶︎鹿児島県南九州市知覧町郡にある、第二次世界大戦末期に編成された大日本帝国陸軍空隊の特攻に関する展示施設。知覧特攻平和会館が建てられている場所とその周辺は、知覧平和公園として整備されている。

※ずっと来たくて来たくて、大人になってからやっと来れたから、嬉しくて楽しそうに写真は撮ってるけど、そこは誤解ないようにお願いしますm(_ _)m

行った事がある人は雰囲気わかると思うけど、とてもじゃないけど中で写真撮ろうなんて気持ちにさえならんし、中の写真はないから周辺の写真と感想を。

子供の頃から繰り返し何回も自分で調べて、事前に歴史は学んでたけど実際の展示物を目の当たりにして、参考文書も見ながら回ると感じ方は比べもんにならんかった。

戦争を経験した事ない人達が残る現代で、月日が流れて伝える人達が少なくなっていって、興味のない人や心が動かん人も中には確かにいてると思うけど、知らんからこそ知ろうとしてほしいと思う。

施設の中には当時の遺品、特攻する前に家族に向けた手紙、ほぼ全員に近い特攻で亡くなられた方の写真と一緒に、名前、性格、亡くなった日にちも記載されてて、当時の特攻の瞬間の映像、特攻に行くまでの普段の様子から亡くなる直前の様子の話や、今に残るたくさんの資料があった。

大半は17〜20前半の人が多くて、涙無しにウチはどれも見られへんかった。

ここに書く事は全部ウチの個人的な意見で、いろんな考え方の人がいてるやろうけど、人生の青春時代と言ってもいい本来なら楽しい年齢の時に、自分が死ぬ日を告げられて、国の為に命を捨てるのがお国の為で誇らしくて、これでこそ大和魂!!っていう当時の時代背景で、愛しい人達とお別れして向かう気持ちは、いくら考えたってわかるわけがない。

何回も考えてみたけど、実際経験した事がないウチがいくら考えたって、浅はかでしかない。

当時と今じゃ時代も環境も違うから、比べるべき事じゃないかもしらん。

けど立場を置き換えて、もし自分が当時の神風特攻隊の人達やったら、同じ事を出来んか?って言われたら、答えはほぼ絶対っていいくらいNOやと思う。

自分の周りじゃないから、人間って他人事に感じて時間と共に忘れてしまうけど、それが自分の愛する大事な人やったら?家族やったら?友達やったら?

ウチは考えたくもないし、耐えられへん。

1番心が痛くて苦しくなったのは、大事な人に向けた手紙。

国の為に命張って散って逝ってしまった人達の事、誰も攻めようなんてないのに、ほとんどの手紙には両親や兄弟やお嫁さんや、これから生まれてくる未だ見ぬ我が子に対して、先に逝く不孝を許してほしいって、幸せを心から願う内容やった。

本来ならもっと生きる事が出来た命。

彼らが現代に生まれてこれてたらって、心から何回も思った。

時代時代で、日本だけじゃなく世界的に当時の教えや考えや環境があって、その時代背景の良さもあれば被害にあった人達もいっぱいいてて、知れば知るほど人間が故の持ってる残酷さも残虐さも、怖いし恐ろしいなとつくづく思う。

今はなんだかんだ言っても、ホンマに平和や。テレビで連日流れる暗いニュースも悲しいニュースもあるけど、また違うように感じる。

個人的に昔も今も変わらんと思うのは、誰しにも失いたくない大事な人がいてて、自分にとってはちゃうくても誰かにとっては大事な人で、どんな理由があろうと人の命は奪ったらアカン。

自分の命も大事にしてあげなアカン。

生きてたら特別良いことより、立ちはだかる問題の方が割合占めてるんちゃう?って思ってしまったりして、それが積み重なって一気にくると全てが嫌になって、投げ出して逃げ出したくなる事もいっぱいあるけど、やっぱり生きなアカンなって。

人間死んだら終わりやもん。残された人達は思い出の中、心の中で一緒に生きてくしかないもん。

地元の大好きな友達が亡くなって、9年目がもうすぐ来ようとしてる。毎年命日が近ずくと繰り返し思い出を辿って、妄想を膨らます。

写真の中の友達は、同い年やのに一向に歳をとらんまま、時が止まってる。これから先、思い出が増えていく事はない。

メンタルやられてしんどい時、消えてしまいたくなる時、今いてたら今のウチを見てなんて言うんかなーとって思うけど、それと同時にいてない事に今も腹が立つ。大好きやったからこそ腹立つ。

踏ん張って乗り越えて、一緒にくだらん話して笑ってたかった。共に大人になって一緒におりたかった、ただそれだけやった。

毎年春がきて桜の時期は思い出に浸って、あいもかわらずおんなしような事を、繰り返し繰り返して考えて、溢れる想いはいっぱいあるけど、こんなに想える友達に人生で出会えた事はホンマに嬉しくて、幸せ。

限りある人生の中で、どんな生き方して誰と過ごしていくか、常に人生は日々決断の連続で、その答えは先に繋がって未来が知ってる。ウチは大好きな人達とくだらん話して心から笑えてたら、どんなこともいつかはきっと乗り越えていけるな。

心から笑われへんくなったその時は、危険信号。

知覧に行った時、改めて命の大事さ教えてもらった。当たり前にくる毎日も、当たり前なようで当たり前じゃなくて、今おる大事な人だっていつおらんくなるかなんてわからんし、後回しにするんじゃなくて、自分なりに伝えていきたいよな。

今しかない今をもっと大事に生きたい。ずっと思ってるのにそれが簡単じゃなくて難しい。

📷2017.08 Japan🇯🇵Kagoshima🌋

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です